2014年9月27日土曜日

これから僕ら大人になろう。たまにはうしろ振り向きながら。

平素よりお世話になっております。
wearerのYKです。

気がついたら前回の更新から2ヶ月くらい経ってしまった。
気がついたら、今年の夏がもう終わっていた。

夏のあいだじゅう、何をやっていたのかというと、これでもかというくらいライヴをやっていた。
8月の頭から今の今まで、とにかくほとんど毎週のように、wearerで演奏したり、弾き語りをしたりしていた。
金曜に渋谷で歌って、次の日土曜は仙台で歌って、帰ってきて月曜にまた渋谷で歌って、みたいなこともあった。

僕は毎年夏になると、理由もなくめちゃくちゃ落ち込んだりしたあげくどこか遠くへ行きたくなってしまったりするだが(夏の憂鬱)、今年は落ち込んでいる暇すらなかった。
なんとありがたいことなのだろう。
そしてなんと、まだまだ、今週末も来週末も、僕は歌うのです。
しあわせだ。

☆☆☆

この夏が過ぎて行く間、なんだかたくさんのバンドの解散や活動休止の話を聴いた。
かつて対バンしたバンド。
企画に出てもらったバンド。
対バンしたことはないけれど、そのうちどこかで相見えるだろうと思っていたバンド。
野心を持って天辺を睨みつけていたバンド。
世の移り変わりなどはどこ吹く風で、ライフワークとして、いつまでも続いていくのではないかと思っていたバンド。
いろんなバンドがおやすみするという。

例えば、おんなじ時期に種を植えて咲いた花は、時がくれば、いっせいに枯れていく。
そんな話をふと思い出したりする。
バンドもどこか、花のようなものなのかもしれない。

んなわけねえか。

僕はただ、続けて、続いて行きたいと思います。
歌いたい歌があり、聴かせたい歌があります。

☆☆☆

最近「海街diary」という漫画を読んでおります。
すごくいいです。
仕事がなんだかじわじわと忙しくなってきております。
会議がとにかく多くて、偉い人もいっぱいです。
そして隙あらば、お酒を吞んでおります。
街へ出て、たくさんのひとに会いたいです。
そして孤独をおそれることなく、どこまでも行きたいです。

☆☆☆

TwitterやFacebookで日々のことを綴ることが多くなって以来、このブログに何を書いたらいいのかわからず、そりゃ更新も滞るという話なのですが。
ふと思ったのだけど、いつか自分で読み返したくなるようなブログを書けばよいのではないかと思った。
だから読み返したくなるような日々を生きなくてはなりませんね。
そしてまた、その先へ向かっていきたくなる日々を。

よろしくお願いいたします。

2014年8月5日火曜日

ユームラウトのこと。

平素より大変お世話になっております。
wearerのYKです。
フジロックには出るまで行かないと決めております。
いや、割とまじで。

☆☆☆

8月9日(土)渋谷LUSHにて、wearerの次のライヴがあります。
ユームラウトというバンドがCDを全国リリースしまして、この日のイベントはそのお祝い、いわゆるリリース・パーティなのです。
大事な友達の、大事なお祝い。
僕は、いつにもまして、高まっております。
今日は、そんなユームラウトの話を。

☆☆☆

僕らwearerが企画を始めてからというもの、そのほとんど全てに出演してくれているのが、このユームラウトというバンドです。
どう考えても、wearer企画最多出演は彼らです。
要するに、音楽的にも、人間的にも、僕は彼らをすごく信頼しているということです。

そしてこのユームラウトというバンド。
西村くんという、素晴らしいソングライターの歌を、どこまでもまっすぐで、それでいてひねくれたまま届けようとする、まるで中2の片想いのようなバンドです。
つまり最高だということです。

☆☆☆

ユームラウトのギター/ヴォーカルである西村くんとはじめて出会ったのは、もう5年以上前のこと。
忘れもしない渋谷LUSHだった。
というのも、それがwearerにとって、初めてライヴハウスから話をもらったライヴだったからだ。

wearerを組んで曲を作ったものの、サラリーマンやりながらまともにロック・バンドなんかできるんだろうか…そんなふうにモヤモヤしていた僕に、当時渋谷LUSHのブッキングだった劔樹人という人が、ライヴをやりませんか、と声をかけてくれた。
ライヴハウスにしてみればなんでもない誘いだったのかも知れないが、僕は、そのお声がけが本当に嬉しかった。
例え平日でも、出番が遅めで、リハーサルをやらなければ、ライヴができる。
僕はメンバーを説得して、とにかく飛び込んでみることにした。
それが、今日のwearerのはじまりです。

話が逸れた。
とにかく、その記念すべきライヴで出会ったのが、当時は弾き語りをしていた、ユームラウトの西村のぶひろという男だった。

☆☆☆

お酒を飲んでちょっと話せば、西村くんは、嘘のつけない、すごくチャーミングな男なのだと、すぐにわかった。
我々は出会って間も無く、すぐに仲良くなった。

出会った頃の西村くんは、確かまだ大学生だった。
とにかくいい声で、いいメロディを歌っていて。
僕よりうんと年下だけれど、ミュージシャンとしての活動歴は、僕よりうんと先輩で。
一見腰が低いようで、それでもやっぱりてっぺんを睨みつけて、俺もいつかやってやりますよ、という気概に満ち溢れていた。
僕は勝手に彼のことを同志だと思い込み、一緒にお酒を沢山飲んだ。
飲みの手配も、いつもスムーズで、そんなところでも、僕は彼にいつも甘えてばかりいた。

仲良くなってからは、僕は西村くんといくつもの夜を越えてきた。
僕が飲んで帰れなくなって西村くんの家に泊めてもらい、翌朝西村くんが用意してくれた朝食を食べながら、「ねえ、今日どうする?」と彼氏彼女的な会話をする、ということが、ひと月に何度も何度もあった。

ひどい時には、クリスマス・イヴとクリスマスの2daysを共に過ごしたこともあった。
イヴに飲んだくれた後のクリスマスの昼下がり、西村くんの家で彼の新曲のデモを聴きながら、俺が可愛い女の子とかでなくて本当にすまない、と、僕は心の中で、心の底から、詫びた。

☆☆☆

西村くんは、器用なようでいて実は不器用な人で。
時に空回りする情熱を、外野のいらん野次にへし折られそうになりながらも、とにかく頑固に自分のやり方を貫いてきた人で。
彼のもてあました熱が、ときに誰にもうまく伝わらずに、やけくそみたいに飲みまくった打ち上げ後の明け方の空に消えて行くだけ。
そんな時期もあった。

だから、ユームラウトが今のメンバーになって思い切り走り出したとき、僕はその西村くんの不器用な想いが、届くべきところに届いたような気がして、なにか嬉しかった。
ロックンロールは、誰がなんと言おうが、いつまでだって続けたやつの勝ちなんだ。
そう思った。

☆☆☆

ユームラウト、というか西村くんの話ばかりになってしまったけど、他のメンバーにも、もちろんお世話になっております。
特にキーボードの346くん。
実は346くん、僕らwearerのサポートを何度かしていただいてまして。
それも、彼がサポートしてくれたのは、totosとCALENDERSとの3マンとか、DE DE MOUSEとの対バンとか、とにかく超重要ギグの時ばかり。
本当に助けられました。
すげえ楽しかったなー。
彼みたいな華のあるキーボーディスト、そうそういないよ。
大好きだぜ。
また一緒にbaby blueをハモりたいです。

☆☆☆

そんな、公私をともにしてきたソウルメイトであるユームラウトが、とうとうCDを出しました。
片想いが、片想いのまま、お店に並び、あなたのもとへ届く。すてきじゃないか。
夢って叶うんだぜ。嘘じゃないよ。
僕は本当に嬉しい。

僕はいつも、ユームラウトの「さらば」という曲をライヴで聴くと、なぜだか泣いてしまうんだ。
8月9日も、きっと最高の演奏をしてくれるんだろうな。
そして僕はまた泣くんだろうな。

この大事なお祝いのイベントに出られること、本当に光栄に思ってます。
この日はユームラウトと、ユームラウトが大好きな皆さんのために、心をこめて東京の夜廻します。

8月9日、とにかく最高の夜にしたいです。
何卒よろしくお願いいたします。
そして、ありがとう、おめでとう、ユームラウト!

2014年7月10日木曜日

ハモンスタジオのこと。

平素より大変お世話になっております。
wearerのYKです。

☆☆☆

JR山手線の大塚駅から、歩いて10分と少し。

幾多のラーメン屋と幾多のいかがわしいお店が立ち並ぶ通りをすり抜けてどんどん進み、やがて見えてくるクリーニング屋の角を左へ折れてゆるやかな坂をどんどんのぼっていくと、ハモンスタジオというスタジオがある。
僕らwearerが、リハーサルからレコーディングからライヴからボイトレから機材の預かりからおはようからおやすみまで、とにかく何から何までお世話になってきたスタジオ。
ここ数年、僕が、自宅と職場の次に、人生の多くの時間を過ごしてきたスタジオ。
それがハモンスタジオだ。

☆☆☆

結論からいうと、ハモンスタジオは、ちょっとした事情により、この7月で失くなる。
こういう時、いったい僕は何から話せばいいんだろうか。

☆☆☆

僕がハモンスタジオと出会ったのは、2010年が暮れにさしかかろうとしている頃だった。

2010年が暮れにさしかかろうとしている頃。
嘘のような話だが、まさに「音楽性の違い」というやつで、wearerからギタリストとドラマーがいっぺんに抜けた(世の中には、本当にそういったことがあるのだ)。
そして幸いなことに、新しいギタリストとドラマーがいっぺんに入ってきた。
その新しいギタリストとドラマーっていうのが、他でもない現メンバーのしほくんと陽介だ。

メンバーを一新したwearerは、とりあえず新宿のアルプスというくそ安居酒屋でミーティングを行った。
そしてああでもない、こうでもないと話すうちに、練習はどうすんだ、という話題になった。どこで練習するんだ、と。

そのとき既に泥酔していたしほくんが(この男の酒癖の悪さを、僕はまだ知らなかった)、俺の知っているスタジオで練習しよう、と言い出し、その場で電話をかけ、スタジオの予約をしてくれたのだった。泥酔してたけど。

この時、しほくんが予約してくれたスタジオこそが、ハモンスタジオだった。

こうして僕は、wearerは、ハモンスタジオと、そのオーナーであるけんじさんに出会ったのだった。

2010年が暮れにさしかかろうとしている頃だった。

☆☆☆

僕がはじめてハモンスタジオに訪れた時、けんじさんは、とあるバンドのミックス作業をしているところだった。
今でもよく覚えている。

白猫と黒猫がいて、楽器がところせましと詰め込まれていて、ミックス作業でPC睨みつけてるオーナーがいて。
へんてこな場所だなあ、と思った。

そして僕は、このへんてこなスタジオのことを、いっぺんに好きになってしまったのだった。

決して設備はよくないし、音漏れもしまくるし、猫は2匹もいるし、何かいろいろと間違っている感もあるこのスタジオには、肝心なものはなかったりするくせに、余計なものはいつでもいくらでもあった。
ポップコーン・マシン。ビール・サーバー。寝袋。ルーム・ランナー。
このスタジオは、それでもなぜだか居心地がよくて、いつも何か楽しいことが起こりそうな、わくわくする予感に満ちていた。

だからなのか、ハモンスタジオには、とんでもなく魅力的な人たちが、入れ替わり立ち替わり訪れていた。
みんな、このへんてこなスタジオの魅力と、けんじさんが持っている妙な人徳に引き寄せられて、やってくるのだろう。

詳しくは書かないけれど、僕はハモンスタジオで、信じられないようなご縁をたくさんいただいた。
そして何より、僕も、そのたくさんの方々と、ハモンスタジオというひとつの輪の中に入っている気がして、そのことがすごく嬉しかった。

☆☆☆

唐突だが、子供の頃、僕は少年探偵団に憧れていた。
マガーク探偵団でもおもいっきり探偵団でも江戸川乱歩でもなんでもよいのだけど、とにかく少年探偵団に入りたかった。
仲間たちとつるんで、つまらない大人をあっと言わせてやりたかった。
僕はきっと、子供の頃から、仲間となんかやらかすことに憧れていたのだろう。

あの頃、既に世の中には相当数の少年探偵団(もちろん創作物としての)が存在していたが、そのどれもに共通して言えることは、みんなどこかに『秘密基地』を構えている、ということだった。
退屈な学校が終われば、少年探偵たちはみんな『秘密基地』に集まって、ああでもないこうでもないと言っていた。
僕はとにかく、それがめちゃくちゃにうらやましかった。
つまらない大人なんてひとりもいない、自分たちだけの場所。
どんな時だって、自分を受け入れてくれる場所。
そして、いつでも仲間と会うことができる場所。
僕にとって『秘密基地』とは、そういった場所だった。

勿論、あの頃ただの浅はかな子供だった僕たちに、そんな場所など与えられることはなかった。
手当たり次第に本気で空き家を探したりして、ただ日が暮れて行くだけだった。

僕にとって、ハモンスタジオっていうのは、まさにこの、あの頃喉から手が出るほど欲しかった『秘密基地』のような場所だった。

僕はもう少年探偵団には入れないけれど、仲間と『秘密基地』は手に入れた。
ある日僕はふとこの事に気がつき、夢って思わぬ時に叶うんだな、と割と真剣に思った。

☆☆☆

僕たちwearerが昨年リリースした「the blue album」のレコーディングは、全部ハモンスタジオで、全部けんじさんがやってくれた。
単に録音をしてくれただけでなく、何もわかっていない僕たちに、丁寧なディレクションをほどこしてくれた。
めちゃくちゃ音痴の僕に、根気よく歌を教えてくれた。
ハモンスタジオと出会わなければ、きっと僕たちはCDを出すこともなかった。
深夜まで作業して、スタジオに寝泊まりしたことだってあった。スタジオから出勤したこともあった。
心が曇った仕事の帰り、ひとりぼっちでどうしていいかわからないときは、歌の練習をしに行った。
スタジオがあって、けんじさんが、いれば、だいたいのことは、どうにかなった。
僕はそうやって、どうにもならない夜を、何度も何度も越えてきたのだ。

毎年、年末になればスタジオで忘年会があって、せまいスタジオがたくさんの人でぎゅうぎゅうになった。
みんな好きなだけお酒を飲んだりカレーを食べたり、歌ったりDJをしたり、とにかくたくさんのニコニコがあり、朝が来るまで宴は続いた。
そうやって、1年が終わっていった。
それが、ここ数年の、僕の年の暮れだった。

そうやって、1年が終わっていった。

そのハモンスタジオが、もうすぐ失くなる。
今年の暮れは、スタジオで忘年会をすることなんて、もうないのだ。
翌朝、ぶつくさ言いながらスタジオの掃除をするけんじさんの姿を見ることも、もうない。

☆☆☆

結局僕は、ここに何を書きたかったんだろう。
よくわからない。
でもたぶん、改めて、このすてきなスタジオのことを、ひとりでも多くの人に、知ってもらいたかったのだと思う。

スタジオが失くなっても、僕らバンドは変わらずに続いて行く。
もっと設備がよくて、安価で、利便性が高いスタジオは、この広い東京の街には、たぶんいくらでもある。
だけど、この先、どんなにバンドを続けていようとも、こんなにすてきなスタジオに出会うことは、もう二度とないのではないか。
そんな気もする。

☆☆☆

何をいくら書いたところで、締めくくることができそうもないので、この辺で筆を置きます。

東京の、大塚の街に、へんてこで、いびつで、時々猫が機材に粗相しちゃったりして、それなのにたくさんの人々に愛された、すてきなすてきなスタジオがあったこと。
そこで過ごした日々のこと。
そこで越えた夜のこと。
そこで歌った歌のこと。
僕は死ぬまで、死んでも、忘れないと思う。

本当にお世話になりました。
ありがとうございました。

2014年6月18日水曜日

遠く離れた場所であっても、ほら。

平素より大変お世話になっております。
wearerのYKです。
夏の匂いがします。

☆☆☆

下北沢サウンドクルージング、無事に終了いたしました。
お忙しい中、また沢山のミュージシャンが演奏する中、wearerを選んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
下北沢の街なかで、次は何を見に行こうか、そわそわと楽しんでいるお客様の雰囲気、本当に夏のお祭りの雰囲気でした。
ミュージシャンとして、このお祭りに参加できたこと、誇りに思います。
ありがとうございました。

そしてその翌週は、渋谷LUSHの9周年アニバーサリーにてwearer演奏させていただきました。
渋谷LUSHは、wearerが初めてブッキングをいただいたライヴハウス。
うちのえいちゃんが「LUSHは第2の青春」みたいなこと言ってて、本当にそんな感じです。
毎年アニバーサリーの月に演奏することができて、本当に嬉しいです。
これからもいろんな形で、ご恩を返せていけたらな、と思います。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

次回のwearerは、少し間があきまして、8月9日(土)に渋谷LUSHです。
ユームラウトのリリース・パーティ、対バンはおとぎ話、パブリック娘。、最高じゃないか。
どうぞよろしくお願いいたします。

☆☆☆

しかしながらいつものことながら、大きなイベントが終わった後の、何事もなかったかのようにおかまいなしに日常が始まるこの感じ、本当に不思議な気持ちになります。

人間界に帰ってきた馬場ラムネのようなこの気持ち、嫌いじゃないです。
夢だけど、夢じゃなかった、この気持ち。
すてきです。

☆☆☆

季節のせいなのかなんなのか、ここのところ、結婚のお祝いにお呼ばれする機会がいくつもありまして。
ちなみに、6月に3本、7月に2本、8月に2本、お招きいただいております。
ライヴの予定ばりに結婚式の予定が入っている…むしろライヴの予定より多い。
みんなどれだけ結婚すれば気が済むのだろう。
いやはや、おめでたいことです。
しかし僕の周りは結婚していく人々が絶えない。
ご祝儀に余裕で100万以上使っている自信がある。
そして、結婚式の大概のことは見抜く自信がある。

否が応でも、時の流れを感じる。
とにかくみんな大人になっていく。
「奥さんと子供を養うために転職しなくては」などという話が聞こえてくる。
「子供の小学校を私立にするか公立にするかで、義理のお母さんと揉めている」なんていう話もあったりする。
ついでに「お前バンドなんかやってたの?!」と困惑する声も聞こえてくる。

ご安心ください。
世の中がどんなに移り変わろうが、僕だけは何も変わらずにここにおります。
ここで歌っております。
よろしくお願いいたします。

☆☆☆

あ、そうそう!
下北沢サウンドクルージングから、wearerの新しいTシャツの販売が始まりました。
なんとイラストは玉置勉強先生書き下ろし!
おやすみ中のベーシスト、えいちゃんをモチーフに書き下ろしていただきました。
休んでいる間も、一緒に活動できるようにね。
いわば、ど根性ガエル的なアレです。
ピョン吉です。
ライヴ会場にて販売しておりますので、機会があったら、お手にとってくださいね。

玉置先生は、僕が大学生の時から好きで。
当時「恋人プレイ」という先生の作品を愛読してました。
大学生の頃から好きだった方とつながれるなんて、やっぱり僕は嬉しいです。
何か当たり前のことのような気がしてしまうけど、とんでもない、奇跡みたいなもんです。
音楽以外でも、こういうご縁ってあるのだな。
ありがとうございます。

先生の最新作「親父の愛人と暮らす俺」も、単行本が絶賛発売中です。
ぜひとも。





☆☆☆

ここには、ただつれづれに日々のことを書きたいと思ってるのだけれど、結局、大体は、バンドの話になってしまう。
働いて、歌って、それだけで、本当に他には何にもないんだなー、と思う。

家に帰れば、なんだかかえってバタバタしてしまうから、仕事帰りの電車の中、iPhoneでこれを書いている。
電車の中では、学級委員がそのまま大学生になったような女の子が、心の底からどうでもいいような話を、大真面目に大声でまくしたてている。
ほんの少しでいいからお酒が飲みたい、そう思いながら書いている。
どうして僕はバンドをやるんだろう、などと、どうせ答えを出すつもりもないことを、考えるフリなどしながら、これを書いている。



(写真は佐藤早苗ちゃん。いつもありがとう。サウンドクルージングの時の様子です!)

2014年5月17日土曜日

よければ一緒に、そのほうが楽しい。

平素より大変お世話になっております。
そしてブログ上では大変ご無沙汰しております。
wearerのYKです。

(デザイナーの方に、すごくすてきな、これまでwearerをご存じなかった方がwearerに興味を持っていただけるような感じに、仕上げていただきました。稲葉さん、本当にありがとうございます。)

で、その新しいトップページに、このブログへのリンクを貼っていただいているのですが、肝心のブログがまるで更新されていないのでは、せっかくご覧いただいているかも知れない方に、大変失礼なのではないか、と、そんな気持ちでブログをしたためている次第であります。

そしていい機会なので、今後はなるべくまめにここを更新していきたいと思います。
できる限り、たいした意味のない、ただ日々をつづるようなものになればよいな、思っております。
そしてまるで更新される様子がなれれば、ひと言「こら!」と言ってやってください。

☆☆☆

いきなりご報告めいた話で恐縮なのですが、産休中だったwearerのベース・ヴォーカル、えいちゃんこと佐々木詠子が、先日無事に出産いたしました。
先日メンバーみんなでお祝いを渡しにいってきましたが、母子ともに元気です。
赤ちゃんは、えいちゃんによく似た、かわいらしい女の子です。
産休中だったえいちゃんは、これから引き続き育休に入ることになるのですが、彼女のことだから、きっとかっこいいお母さんになって、またうつくしい歌を歌ってくれると、思っております。
本人も、また歌いたいと、申しております。
当面の間、wearerは変わらずの男所帯ですが、引き続きご愛顧のほど、何卒よろしくお願いいたします。

☆☆☆

今年に入ってサポート・メンバーを加えたwearerですが、もう既に何度も演奏する機会をいただいており。
今年最初のライヴが中塚武さんとご一緒だったのを皮切りに、ありがたいことに諸先輩がたとご一緒する機会が本当に多く、これまでにないプレッシャーの中、とにかく懸命に演奏してきました。
恵比寿BATICAのアニヴァーサリーではCHABEさんやThe Pat、PUNPEEさんとご一緒だったり。
初めての高円寺HIGHではヒダカトオルさんのGALLOW、そしてbig the grapeとご一緒だったり。
勉強させていただきました。
ご覧いただいた皆様、本当にありがとうございました。

そして次回のwearerは5/31土にShimokitazawa SOUND CRUISINGに参戦です。
母親に「小林幸子さんとおなじイヴェントに出る」と報告したのですが、話が斜め上を行き過ぎて、なんのことやら未だに理解できていないようです(おかげでびっくりするほど薄いリアクション)。
CDを出したときもそうなのですが、家族にとっては僕のやっていることなど「単なるサラリーマンのはずなのに、こいつはいったいなにやってるんだろう」と、ただ意味不明な行動に映っているようです(とにかくリアクションが薄い。タワレコにCDが並んでても薄い)。
ええ、頑張ります。

Shimokitazawa SOUND CRUISING、wearerは下北沢ReGにて16:30から演奏します。
みなさま、どうぞよろしくお願いいたします。

☆☆☆

そもそも、このwearerというバンドは、僕とえいちゃんではじめたバンド。
最初いたメンバーが抜けたり、入れ替わったりする中、えいちゃんだけがwearerを続けてくれたんだ。

僕の書いた歌を、あの頃は、えいちゃんだけが、いいと言ってくれた。

そのえいちゃんが、結婚して、お母さんになって、バンドをお休みして。
とうとう、wearerの初期メンバーは、僕だけになってしまった。
それでも、当然のこととして、別段決意めいたものは何もなく、僕はバンドを続ける。
ただ、遠くへきてしまったな、とは思う。
空想ほどは高く飛べなくても、それでも、期待の、予想の、少しずつ外へ、はみだすようにして。

最近ふと思うことは、「しあわせ」と聴いて多くの人が思い浮かべるイメージの中には、たくさんの決まりごとがあるんだな、ということ。
「しあわせ」とは、ああしなくちゃいけない、こうしなくちゃいけない。
時にそのイメージをなぞるようにして生きた方が、楽なことも、あること。
もちろん、本来「しあわせ」には決まりごとなんてひとつもなく、人それぞれのものであって、他の誰にも決められないということ。

でもそのうえで、それでも、自分だけの「しあわせ」を自分だけで決めるのは、すごく、勇気がいるということ。

月曜から金曜まで、ネズミ色になって働いている僕は、それでも歌を歌いたいと思っていて。
それってやっぱり、見る人から見れば、すごくおかしなことで。ゆがんだことで。いびつなことで。
だから、僕は、たくさんの人が思い浮かべるような「しあわせ」はもう手に入らないかもしれない、とも考えていて。

だって見方によっては、こんな時に、お金にならないロックンロール・バンドを続けることなんて、クリアできないドラクエⅢをいつまでもやり続けていることと、大差ないわけで。
夕暮れ時に、みんな一抜けしていく遊びを、僕はたったひとりでやっているだけなのかもしれない。
「おまえ、まだそんなことやってんの?」って言われながら。
みんなもう、あたらしいよろこびを見つけて、どんどん大人になっていく、こんな時に。

それでもね、僕はバンドを続けます。
大体、えいちゃんが戻って来たいと言っているんだ。
続けるしかないよ。
それに僕には、まだ懲りずに、歌いたい歌がある。
まだそれがどんな歌なのか、僕にもわかっていない、まだ見ぬ歌も、含めて。

どこかで、僕らの歌を聴いてくださっているみなさま、あらためまして、本当にありがとうございます。
少しでも心に響くもの、作っていく所存です。
よければ、この先もお付き合いください。

☆☆☆

長くなってしまいました笑
これからスタジオにこもってきます。
去年のこの時期はくそほど休日出勤していましたが、今年は心置き無くスタジオで演奏できる、そのよろこびをかみしめながら。

今後とも、何卒よろしくお願いいたします。

2014年1月11日土曜日

「東京の夜が廻りだす。」/ wearer

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
旧年中は、大変お世話になりました。
本年も何卒よろしくお願いいたします。

wearerから新年のご挨拶、昨年リリースした「the blue album」より、
「『東京の夜が廻りだす。』」のMVが公開となりました。
本年もこの曲で、東京の夜廻させていただきます。
本年も、wearerともども、何卒よろしくお願いいたします!



2013年10月31日木曜日

この夏のこと、これからのこと。

いつもお世話になっております。
wearerのYKです。

早いもので、気がつけばすっかり秋になりました。
日々のことはTwitterやFacebookにてつぶやいたりしておりますが、つぶやいただけの言葉はなおさら、過去にどんどん流れてしまいます。
この夏のことを、きちんとまとめて書こう書こうと思いながら、気がつけば、もう秋です。
人生とはかように、夢を見ているかのように、過ぎていきます。

☆☆☆

この夏、wearerは、はじめてのCD"the blue album"を全国リリースしました。
僕らのありったけを込めたCDが世に放たれて、そこから僕ら、弾かれたように夏を駆け抜けてきました。

6月にCDが出て。
7月に渋谷O-nestでのレコ発。
その勢いのままにTOWER RECORDS渋谷店でのインストア・ライヴ。
そして息をつく間もなく、9月には恵比寿BATICAでの2デイズのアフター・パーティ。

そのすべてを無事にやりきることができたのは、いつもそばで、そして遠くで、wearerのことを気遣ってくださった皆様のおかげです。
本当に本当にありがとうございました。

リリースを向けてレコーディングを始めてから、恵比寿BATICAでのイヴェントが終わるまで、それはそれは、経験したこともないあれこれがありました。
今回ばかりは、さすがに、本当に、心がへし折れてしまいそうになり、もう全部ほっぽりだして、失踪したほうがよいのではないか、と思う瞬間が、何度も何度もありました。

だけど幸いにも僕には、友達や先輩や、僕を気遣ってくださる方がいて。
まるで天啓のようなタイミングで、近くから遠くから、僕を励ましてくれました。
そうでなければ、今頃バンドも仕事も辞めて行方不明になっていたと思います(その場合、身分を偽ってどこかの牧場で住み込みで働く予定)。

本当に本当にありがとうございました。

☆☆☆

世は移り変われど、CDを出すってことは、ロック・バンドにとっては、夢のようなことで。

だからこそ、そのCDを丁寧に作ることはもちろんのこと、CDを出すまで/出してからのひとつひとつの動きが、ほんとうにたいせつで。
僕らwearer、たくさんの方に助けてもらいながら、ひとつひとつ、せいいっぱいやれたのではないかな、と思っております(もちろん、それでも、まだまだ足りないことがあるのは、よくわかっているつもりであります)。

CDを出せば、明日から世界の何もかもが変わるような、知らない女の子がいきなり恥ずかしそうに話しかけてきて「あの…wearerのYKさんですよね?好きです」とかいうような、そんな革命が起こる期待をしてしまいますが、実際には革命は起きません。
だいたい、CDを出すことだって、ひとつのはじまりに過ぎない。
だって僕たちは、この先ずっとずっと歌って行くのです。

それでも、僕らのありのままを全部出したこの"the blue album"は、僕らを、想像していたよりもずっとずっと広い世界に連れ出してくれました。
僕らの音楽が、少しずつではありますが、でも確実に、届いている実感があります。

もちろん、このCDを出した反響など、本当にささやかな、取るに足らないことなのかも知れません。
でも、僕がこの先音楽を続けていく支えとするには、これで十分なのではないか、という気もしています。

☆☆☆

先月、恵比寿BATICAでのライヴの際、僕は生まれて初めて、ライヴの最中に泣いてしまいました。
お恥ずかしい限りです。

今年もwearerは、うんと演奏する機会をいただきました。
FURAGOやユームラウトなどのいつもの仲間が一緒にいてくれたことに加え、DE DE MOUSEさんや、小西さん、タナソウさんなど、あこがれていた大好きな方々ともご一緒することができましたし、totosやTHISTIME RECORDS、スペシャの皆様など、大先輩のお力添えを得ることもできました。
東京を離れ、遠くの街で演奏する機会をいただけるようにもなりました。

また、wearerでの活動以外にも、僕個人として弾き語りやDJにお誘いいただく機会も増えました。
あちらこちらで、たくさんの出会いがありました。

数年前まで、音楽をやることにあこがれていただけの僕でしたが、今では、音楽をやることが、日常生活の一部となりました。
月から金まで走り抜けたら、週末にはいつものハモンスタジオで練習をして、どこかのライヴハウスで演奏して、お酒を飲んで。
そんな毎日が当たり前のように訪れるようになりました。

でも、先日のBATICAでステージにたった時、僕は改めて、この日々の、音楽とともにあることの尊さに触れた気がしました。
仲間がいて、聴きにきてくださる方々がいて、歌うことができる、そのよろこびに。
泣きました。

☆☆☆

音楽を続けていくことがしあわせなことなのかどうかについて、ふと考えたりすることがあります。
人それぞれの生き方、それぞれのしあわせがある中で、音楽を辞めていく人も、たくさんいます。
それはそれでいいと思うし、僕自身、何か盲目的に音楽をやり続けているけれど、もっと広い場所に目をやれば、音楽なんかよりずっとずっと楽しいことがあるのかもな、と思ったりもします。

ただ、難しいことはよくわからないのですし、そもそも音楽のことなどよく知らない僕ですが、唯一言えることといえば、僕はバンドが好きなのです。

仕事やら女の子にもてないやらお金がないやら何やらで割と真剣に死にたいなーと思っているときにも、テレキャスをアンプにつっこんでズババと鳴らせば、体の底から力が湧き上がってくるような感じがあります。
そしてそれ以上に、メンバーと顔を付き合わせて演奏することに何にも代え難いよろこびを感じます。極端なことをいうと、もはや演奏などしていなくても楽しいです。

ライヴの日は大体、スタジオで機材やら物販用のCDやらTシャツやらお金やらを車に積み込んで、みんなでライヴハウスに向かいます。
そんなあれやこれやの準備をしているときにも、僕はメンバーのことをとても頼もしく思うし、これからやってくる時間のことを考えて震えるほどわくわくするのです。

僕はバンドが、このwearerというバンドが好きで、仲間といっしょに過ごす時間が、なにより楽しいです。
だからこそ、僕はメンバーに、wearerに関わってくれる方々に、見たこともない景色を見せたいと、日々足りない頭であれこれ考えているところなのです。

☆☆☆

大概、「売れる」バンドというのは、活動し始めたらすぐに売れていきます。
そういうバンドは、ライヴハウスの中にいてもちょっと他のバンドとは違う空気をまとっていて、すぐに大人のパワーに拾われていきます。

逆をいえば、今売れていないwearerというバンドは、もう「売れない」バンドだということです。
ある日突然レコード会社のひとが現れて、お金を出してCDを作ってくれるようなことは、もうないでしょう。
まあ、このご時世ですから、余計に。

でも、このご時世だからこそできることは、本当はすごくたくさんあって。
大人はわかってくれないかもしれないけど、僕らは、僕らだけのやり方で、誰も辿り着いたことのない場所を目指します。
僕が愛するこのwearerというバンドの歌が、もっと遠く遠くまで、響くように。

☆☆☆

とにかく、いろんなことがあると思います。
ただ好きなだけでは、続けられないことだと、わかっています。
同時に、ただ好きなだけで、なにが悪いんだ、というタチの悪い想いもあります。

僕は明日からも、wearerを続けます。
wearerのみんなに、wearerに関わってくれる方々すべてに、愛と感謝を込めて。

今後とも、何卒よろしくお願いいたします。


追記:
TOWER RECORDS渋谷店でのインストア・ライヴの際、はじめて僕の母と妹が、wearerのライヴを見にきてくれました。
こんな僕が音楽を続けていられるのは、やはり家族のおかげです。
この場を借りて。
いつまでも夢見がちな長男でごめんなさい。
ありがとう。